阪神淡路大震災のときのこと

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ひよよんさん

マチシリ博士

2014年01月05日更新

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ひよよんの『結婚→離婚→復縁→出産』

離婚して復縁した『再人妻』ひよよんのそれからこれから日記です

2011-01-17 23:26

阪神淡路大震災のときのこと

今日1月17日は『阪神淡路大震災』の日。

当時の私は学生をしていた頃。
神戸の長田区で一人暮らしをしていた。

その日の朝3時くらいまでこたつでうたた寝していた。
途中で目が覚めて、ロフトに上がり再び眠りについた。

そして5時46分。
眠っている私にも遠くからゴゴゴ・・・・・・何かが近づいてくるような音が聞こえてきた。
そして次の瞬間。
ドンッ
背中から突き上げられたような衝撃が走った。
そして間髪入れずに激しい揺れ。
一度揺れがおさまったかのように思ったけど、またしても激しい揺れ。
まるで箱の中に私がいて、それを誰かがわしづかみにして無茶苦茶に振り回しているかのような感じだった。

大きな揺れがおさまってしばらくは放心状態だった。
何が起こったのか全く分からなかった。
激しい揺れのせいなのだろう、電気はつかない。

ロフトからおり、ベランダから外を見た。
ガスがもれているのだろうか、少し鼻につくにおいを感じた。
線路を挟んだ海側で、いくつか煙が上がっていた。
でもそんなにひどくなかった。
すぐに消えるだろう。
そう思って部屋の中に入った。

やがて少ずつ明るくなってくると、部屋の中がすごいことになっているのに気付いた。
自分が3時まで寝ていた場所には水屋が倒れこみ、その上にテレビが転がっていた。
ガラスもあちこちに散乱してい、もし、あのまま寝ていたら、今の状態ではなかっただろう。

家の外で叫び声がする。
ガシャンがシャンと激しくガラスを割る音もきこえてくる。

「外に出られへん」
「割るからどけっ

再びベランダに出た時は、はっきりと周りの状況が分かった。
ガス臭がさきほどよりきつくなっていた。
私の家の近くにあったバラックの家は軒並み倒れていた。
家が傾いて外に出られない家もあった。

そして、先ほど煙が上がっていた海側は火の手が大きくなっていて、すぐ消えると思っていた私には
『なんで消えてへんの
ということしかアタマになかった。
そしてこの火の手は夜半まで衰えることがなかった。

もうあれから今日で16年になった。
今の生活をしていると、その時のことを忘れがちになるけど、やはりこの日になると何とも言えない気持ちが襲ってくる。

でもこの震災で私は友人や知人からたくさん励ましをもらった。
長く連絡を取っていなかった同級生や、知人などからも心配の電話や手紙をもらった。
こんな時だからこそ人の温かさを強く感じたのを覚えている。

たった一言、それだけで救われたり、ホッとすることってある。
たとえ遠くにいても、一緒に過ごさなくても。思いあう気持ちがあれば、ちゃんと心にしみてくる。

改めて、人への感謝を再認識

12読んだよ!

 本当は

akiko927さん   2011/01/17 23:50

思い出したくもない惨劇ですよね。
私も何が何やら分からなくって。
家の横に飛行機でも墜落したのかと思いました。

ほんまに寝る場所を変えられて良かったですね。
きっとご先祖さまが守って下さったのでしょう。

地震後のあの凄まじい火。
長田は至る所でプロパンが爆発していたと聞きました。
あの日真っ先に私に電話をくれ携帯に繋がったのは
長田に住む友人んでした。

ただ自分の地域豊中の災害だと思っていましたが
すぐNHKで確認してみるみる内に
災害の広がりに驚愕しました。
大都会が孤立するというあり得ない現実。
隣の街では昨日とは変わらない日常が訪れるのに
神戸ではまだ瓦礫に埋まり助けを待つ人々。

世界では類を見ない静かな被災者だと各国の報道。

各国からの支援をすぐに受け入れられない
未熟な政府。

沢山の教訓を残しひよよんさんがおっしゃるように
沢山の愛も感じる事が出来ました。
命を再び授けて頂いたと感謝して精一杯
生きていきたいと思います。

ほんまに寝床変えられて良かった良かった

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 もう16年

☆みなみ☆・さん   2011/01/18 04:38

たつんですね。


震災という人間の力ではどうにもならない事。


亡くなられた沢山の方にご冥福申し上げます。

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 地震

ohanasukiさん   2011/01/18 08:13

おはよう御座います
私も忘れられません。
当時高校1年生でした。二階で寝ていたんですが、スゴい衝撃でした。
慌てて一階に降りたら、神戸の街が変わり果てた姿になっていました。
あれから随分と時が過ぎましたが、心は晴れませんね。
これからも忘れてはいけません。
今ある命を一生懸命生きなければいけませんね

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 他人事じゃない

キノピコさん   2011/01/18 08:42

私は東京にいたけど あの地震の前に友達と神戸に遊びに行ってました。
帰宅後何日かしてあの地震の光景をでみた時なんとも切ない気持ちになったのを覚えてます。

東京にいて何か自分に出来ること…微力ながら心ばかりのわずかな募金しかなく虚しかったです。

震災は決して他人事でなく忘れてはいけないと思います。

亡くなられた方、被害にあわれた方の気持ちを察するとことばがありません…

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 (ノ△T)

都毅さん   2011/01/18 09:15

あんときは中学生でほんまに怖かった…
学校で全体集会中も地震来てガラス割れるわ凄かった

東海地震はそれの倍言うてるしどうなるんだ

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 おはようございます。

クニクニさん   2011/01/18 09:18

地震はすごかったそうですね。
友達から聞きました。
火災もすごく死者もかなりでましたね、
友達は盲導犬と一緒でしたが、犬に助けて貰い代わりに犬は建物の下敷きになり死んだそうです。

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 akikoさん

ひよよんさん   2011/01/18 20:11

akikoさん、もしかして大阪の豊中にいらっしゃったんですか
私は当時通っていた学校が豊中にあったんですが、豊中は大阪の中でも一番被害があった場所と言われていましたね。
akikoさんやご家族はその時はケガはなかったようですが、akikoさんがコメント書いてくださったように、ご先祖様が護ってくれたのでしょうね。
私もたまたま起きて上に上がったのも、護ってくれたからと思います。
ただ、当時の被害で亡くなられた方や怪我をされた方のことを考えますと、自分が無事だったことを素直に喜ぶことができませんでした。
生きていることに感謝しながらも複雑なキモチでした。

それにしてもakikoさんが書かれているように、この時まで災害に対する認識が薄かった政府、そして私たち。
教訓とたくさんの優しさを忘れないでいかなければいきませんね。

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 みなみさん

ひよよんさん   2011/01/18 21:39

そうなんですよね。
災害というのは人間の力ではどうしようもできないことなんですよね。

震災の災害にみまわれて亡くなった方もいれば、震災後の生活で亡くなった方もいて……。

あれから16年。
震災から復興された街をみると、何ともいえないキモチになります。

みなみさんと同じく、
この震災の関係で亡くなった方のご冥福をお祈りいたします

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 ohanasukiさん

ひよよんさん   2011/01/18 21:51

ohanasukiさんも被災者のひとりだったんですね。
間近であの時の光景をみたなら、きっとどれだけ時間がすぎても忘れられないですよね。
あの火の海とそして焼け跡は忘れてはいけないと、私も思っています。

ohanasukiさんは命の大切さがわかって、今を一生懸命生きてますよ

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 この時ノグーは、、、

ノグーさん   2011/01/18 22:57

この頃ノグーは小学○年生でした。
(゜д゜;)

先生から「TVで大きな数字を探しましょう」っていわれて、このニュースを授業で見てた気がします。

まさか、生涯で震災に会われた方々に合うことになろうとは、、、

ノグーは、いろいろと数奇な人生を歩んでます。
…((o*>д<)o

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 キノピコさん

ひよよんさん   2011/01/18 23:44

キノピコさんは偶然にも地震前に神戸に来られていたんですね。
それまでの姿を目にしていただけに、テレビで報道されたものをみて、人事のように思えませんよね。
優しいキノピコさんのことだから、さらにそう思われたのでしょうね。

だけど小さなできることは、たくさんの被災者に伝わり、大きな力になったのではないでしょうか

キノピコさんが書かれているように、『他人事にしてはいけない』と私も思います。
災害が起きてしまうのは仕方がないなら、それを最小限の被害にするためには、やはり災害に対する認識や取り組み方は必要なのではないかなと感じます。

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 都輝さん

ひよよんさん   2011/01/18 23:51

都輝さんは阪神淡路大震災の起きた時は中学生だったんですね。
学校のガラスが割れる被害を目の当たりにして、かなり驚かれたでしょうね。

東海地震とかは阪神淡路大震災より規模が大きいっていいますもんね。
例え起きても、被害が少なくなるように、 まだまだ考えていかなきゃいけませんよね

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 クニクニさん

ひよよんさん   2011/01/18 23:58

災害の怖さを今も感じる地震でした。

お友達の盲導犬は一生懸命主人を守ったんですね。
それも命をかけて。

この震災では飼っていた動物もたくさん命を失っているはずです。
災害に巻き込まれたり、また一緒に連れて行くことができず、取り残されてしまったり……。
いつもそばにいてくれた家族の存在を失うのも、辛いことです。
これも震災の被害の重さですよね

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 ノグーちゃん

ひよよんさん   2011/01/19 00:05

そうよね。
当時小学生やったノグーちゃんが、まさかオトナになって関西にくるなんて思いもしなかったことでしょうね。

これもなにかの縁やったのかもしれません。

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 犬

クニクニさん   2011/01/19 07:29

盲導犬は、命をなくしても、主人を守ることを教えています。
ペットだったら、多分、犬が死んでも自分だけ逃げるでしょう。

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 クニクニさん

ひよよんさん   2011/01/19 09:06

盲導犬というのは厳しい訓練を受ける前に、愛情を受けて育てられるそうですね。
その幼少期の優しい気持ちの中、人との温かさを知っていき、主人に対する従順さが育ってきたのかもしれませんね。

ペットの場合はとありますが、それは多分個人差もあるかもしれませんね。
家族同然で育てていたとしたら、やはり見過ごすことはできませんでしょうから。
また、連れて行くにつれていけないこともあるみたいです。
たとえば避難所。
やはりたくさんの方が避難をされているわけですから、個人宅ではないためペットと一緒に避難というのは難しいようです。
中には怪我をされて入院していたら一緒にというのもできないようです。

それにしても盲導犬にしても聴導犬にしても介助犬にしても、どうしてあそこまで人に対して一生懸命尽くしてくれるのか。
自分の危険を顧みずにできるというのは、なかなかできることではありませんね。

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