久留米市開業する臨床心理士が自転車でめぐる郷土の風景とグルメ

横文字のロゴが入った以外は、44年前の建物の配色と原則変化せず!!

正門横の入口(実は2階)。実によくオリジナルのままだこと!!

藤田バレエ研究所。トウシューズだけではなくて、建物が周囲から目立つ
私が昭和42年(1967年)3月に卒園した幼稚園です。自慢じゃないけど、私は卒園式で「答辞」を読みました。今でも暗証できるから、幼児の記憶力は恐ろしいものです。
「かわいらしいつくしんぼうが、そっと土の中から顔を出しました、ほんじつは、私たち、あかつきようじえん、第○回そつえんしきをあげていただきますことを、こころから感謝申し上げます。思えば桜の花の咲く頃、お父様、お母様に手を引かれて正門をくぐったのが、ついこのごろのようです(以下略)」
園歌斉唱!!
「高良のやーまに、おーひさまーが、きらきら、ひーかって、いいましたー みーーんないい子だ元気な子、おててをつないで輪になって こーこは、みーんなの、よーうじえん」
(注:当時の正式の名称は「あかつき幼
児園」だった)
当時、隣にある五穀神社付属の南薫保育園から発展的に独立するみたいにして開設されたばかり、遠く筑後川の堤防まで広がる田んぼやレンコン堀に面してそびえ建つ、クリーム色と紅色の、コンクリート作りの園舎は何かすごくおしゃれな目立つ存在でした。
「これから、この田んぼのあたりに、中央公園という大きな公園ができるんだよ」
と当時すでに先生に教わりましたが、現在のような、本当に洗練された、森も緑地も、県立競技場も、プロ野球のオープン戦もある野球場も、遊園地(観覧車もあり!!)も、県立科学館のプラネタリウムまである、若い人や家族連れ、貸し切りバスが途切れることがない、広大な面積の大公園にまで整備されるとは思ってもおらず。
なのに、この幼稚園、グラウンドの配置こそ変わりましたが、メインの園舎、そのまま使い続け、外塗りの配色まで同じなのに、古びた感じがしないのには驚きました。中央公園の外縁の光景の一部として今もどっこい溶け込んでいるのですね。これには感動してしまいました。
なお、この幼稚園に隣接して、「藤田バレエスクール」というモダンな建物があります。これは、当幼稚園の初代、藤田園長先生が開設したバレエスクールで、最近まで東京バレエ団のプリンシパルだった、
中島周(なかしま しゅう)さんが、藤田園長先生のお孫さんということは、久留米市民の多くが知るところです。
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